リーダーシップ
ISO9001や14001では、その要求項目5章で「リーダーシップ」の発揮を求めています。
私自身もそうなのですが、5章に関する指摘事項が審査で示されることは極稀です。
指摘があったとしても、社員の所持する品質方針カードが旧版だった或いは掲示物が旧版だった等、あくまで「社員側」に向けたものであり「トップマネジメント」に向けたものではありません。
正直、トップマネジメントに向けて指摘を出すのはNGというのが不文律です。
5章の意図は「トップマネジメントは、組織の雰囲気作りに責任を持って下さい」ということだと考えています。
顧客重視、地球環境の保護、法規制の順守、責任と権限等のキーワードで「日々の業務の目的が曖昧にならないように、迷走しないようにターゲットを示して、一人一人の意欲を引出して下さい」と言っていると解釈しています。
「組織が正しく進むための雰囲気作り」です。
審査では、社員や部下を批判的に話す経営者や管理職がおられます。
日々のご苦労、そして個々の成長を願ってのことと理解してお聞きしますが、時には「よりよい方向に向かうためにどのような雰囲気作りをされていますか」と水を向けています。
経営者に限らず管理職の方は是非、5章に書かれた要求事項を「自分の責任範囲で正しい雰囲気作りが出来ているか」の視点で読んでみて下さい。
新たな発見があるかも知れません。
組織を取り巻く内外の状況
ISO9001や14001では、その要求項目4.1、4.2で「組織を取り巻く内外の課題」と「顧客を含む利害関係者のニーズと期待」を明確にするように求めています。
多くの組織では、それぞれを文書化して年に一度更新しています。
ですが、内容がまったく同じ或いは文言や言い回しだけが少し変わっているだけの事例も多くあります。
変化のない文書は、結果として社内で注目されることはなく「審査員が見るためだけの文書」になりがちです。
「作成しても利用する場面がなく意味を感じない」
という意見も多いのですが、4.1、4.2に関する事項は(規格詳細は省きますが)仮に漠然としたものであっても全ての経営者の中にはあると思っています。
それを、少しあらたまった機会として整理して明文化する意味は大きいと考えています。
4.1、4.2の意図として「明確にする⇒社内で共有する」ことがあると考えています。
組織を取り巻く内外の状況を経営者が「今」どのように考えているか社内に示すことで一人一人の目標や課題への納得感を増すことができます。
網羅的に作成しているため追加や削除が難しい場合でも「内容自体には変化はないのですが、今年度は、これとこれに注目しよう!と、マーキングして社内に周知しています」
と活用している組織もあります。
見捨てる側はどちらか
ある中堅企業の審査でのことです。
長くISOを運用しており、マンネリや形骸化を感じてきたためISOの仕組みに限らず「普段感じている社内ルールや仕組みの問題点」を社内アンケートで募っておられました。
社長曰く「想像以上にたくさんの意見が出ました。それも、一部の社員や部門に偏ることなく、たくさんの問題点や意見が…」
私は「そんなに問題点があることがショックで…」と続くのかと思いました。
ですが、意に反して「まだまだ、会社が社員から“見捨てられていない”ということです」と喜ばしくおっしゃったのです。
審査を通して、活力のある・雰囲気のよい会社と感じていましたのでその理由がわかった気がしました。
「うちの社員は物足りない」「うちの若手は元気がない」等と“見捨てるかどうかは会社側”との前提に立った発言はよく耳にします。
ですが、最近は「人件費は経費ではなく投資」とも言われます。
会社・経営者・社員との関係をどのように考えるべきか、その素晴らしい事例に触れることができました。
内部監査における不適合
内部監査で見つけた問題点を「不適合」にするか、「観察事項」にするかで迷います。
と質問を受けることがあります。
「不適合」にすると厳し過ぎるかも知れないし、「観察事項」にすると甘いかも知れないとの思いからです。
実はこの迷い、審査員にとっても他人事ではありません。
規格要求事項と組織が定めたルールへの適合性と有効性を判断等と、定義はありますがその判断では迷うこともあります。
冒頭の質問には「確実に再発防止を行って欲しい問題点は不適合」と判断することを提案しています。
観察事項に対しては再発防止をしないということではありませんが、例えば関係者への口頭指導等で済むと思われる場合等があたると考えます。
提案の観点は「問題点」に焦点をあてるのではなく、「再発防止」に焦点をあてるということです。
当然ながら両者は深く関係するので単なる言い換えと感じるかも知れません。
ですが、問題点を挟んだ監査する側・受ける側の関係においては、問題点を責める雰囲気にならず今後の改善に向けた前向きな雰囲気になると考えています。
私も審査員として迷う時があると書きましたがその時に考えることは同じです。
もちろん、認定を受けた外部審査員として従うべき基準等は多岐に渡りますが「これから」に目を向ける基本的な考えは同じです。
内部監査はISOの為だけではなく、社内のコミュニケーションとして貴重な機会です。
その在り方について社内で広く意見を交わすことが更なる活用になると考えます。
事務局まかせ
審査中はもちろんですが、審査前後でも審査員との接点が多いISO事務局(以下、事務局)。
当然ながら事務局は審査を受ける組織内にあるのですが、時折その境界が明確に線引きされて組織から離れていると感じることがあります。
具体的には、各部門の審査において「この文書は(記録は)事務局が作成しているので詳細は分からない。事務局に聞いて下さい」と回答を受けるケース等です。
いわゆる偽造があれば不適合にもなり得ますが、仕組みとして事務局が担っていればそれも難しい。
マネジメントレビューのインプット資料に対してトップ自らがそのようにお答えになることもあります。
「事務局まかせ」の運用です。
精力的に活動されている事務局ならそうでもないのですが、ご苦労されている様子の事務局であれば同情すら感じます。
結果として、マネジメントシステムの運用成果に結びつかない事例が殆どです。
事務局の構成員は組織の規模等により千差万別ですが、これまで出会った事例をもとにどのような事務局であれば「事務局まかせ」になり難いかを挙げてみます(実事例として挙げますので、要素は重複します)。
1.複数の部門から選出された事務局
同僚が含まれているため、他人事になり難いと感じます。
また、各部門からの意見や要望も反映されやすいようです。
合議制ではあっても中心となる人物には幹部クラスが適任のようです。
2.幹部を中心に有望な若手で構成された事務局
幹部への遠慮と、若手を無下に扱いにくい心理が、各部門・社員の参画意識を生むようです。
3.社長後継者が中心の事務局
遠慮と親近感の程良いバランスが、社内の参画意識を生むようです。
後継者自身にとっても、貴重な訓練・学びの機会になると考えます。
「事務局まかせ」が起こっているようであれば、事務局の変革は有効な一手と考えます。
記録はメッセージ
以前も書きましたが、審査では「記録はメッセージです」とお話しています。
メッセージなので「伝える相手」と「伝える目的」が必要です。
逆に、伝える相手がいない、伝える目的を持たないメッセージは意味を持ちません。
記録も同様です。
日々作成されている記録で「伝える相手」「伝える目的」を考えてみます。
例えば、設備の始業前点検の記録(チェックリスト)。
まず思いつくのが、
①「点検者自身」に「どこの何を見るのかを伝え(自覚する)、確認したことを自分自身で忘れないため」
加えて
②「点検者の上司」に「点検を確実に行った
ことを証明するため」
③「修理の担当者」に「異常の兆候があったかどうかを伝えるため」
等々、いくつか考えつきます。
果たして、実際の記録はどうでしょうか。
例えば、協力会社の定期評価記録。
①「協力会社」に「期間中の業務における品質管理や環境管理をどのように評価しているかを伝え、良いところを更に伸ばして改善点を見直してもらうため」
②「(期間中にあまり接点のなかった)自社の各担当者」に「今後接点があれば協力会社の現状を踏まえて必要な事前注意を伝え対応をとってもらうため」等々。
果たして、実際の記録はどうでしょう。
その他、不適合への対応を記した記録はどうでしょうか。
品質目標とその実施状況を記した記録はどうでしょうか。
顧客の要求事項を明確化した記録はどうでしょうか。
一番避けたいのは、「審査員に見せるためだけ」になっていることです。
審査員の立場では客観的に確認できる記録を求めていますが、それだけが「伝える相手」であり「伝える目的」となる記録は規格の要求事項にはないと考えています。
必ずと言ってよい程、組織の改善に活かすための「相手」と「目的」があります。
「記録はメッセージ」と認識いただくことで、記録を作成することの効果が大きくなると考えています。
目標と認識
要求事項7.3「認識」は手順も記録も要求されていないため、審査では比較的注目されない要求事項です。
結果として組織のマネジメントシステム運用においても意識され難いと感じますが、私は目標管理と組み合わせて「認識」を多用しています。
「認識」の要求事項を私は次のように言い換えています。
『方針に基づいた目標を達成するために−自分自身がどのように行動すべきなのか−行動の結果が、どの程度目標(方針)達成に貢献できたのか−今後どのように行動すべきなのか−を、一人一人が理解すること』
目標管理の有効性を観察するための視点と直結するのです。
・方針と目標の関連性が弱いと、一人一人の行動の起点となる認識が不足する
・目標達成のための施策に具体性がないと、一人一人が行動の内容を認識できない
・行動の結果に対する評価が不明確だと、どの程度貢献できたのかを一人一人が認識できない
・結果の評価を踏まえた今後の対応指針が不明確だと、修正点や課題を一人一人が認識できない
「一人一人」が重要なキーワードです。
目標管理で作成する記録は当然ながら審査員に説明するために作成するのではありません。
行動すべき組織の一人一人に向けたメッセージとして作成することでその価値を発揮すると考えています。
組織内の関係性
以前にもつぶやきましたが審査ではトップから最前線の方までお話しを聞くことができるため組織全体を俯瞰してとらえることができます。
今回も同様の視点からのつぶやきです。
審査は当然ながら規格に関連することのやりとりですが対応いただく方の「人柄」も少なからず感じます。
押しの強い経営者、控えめな経営者、上に弱く下に強い管理職とその逆の管理職。
同僚に気配りする方とその逆の方。
時には「これで上手く組織が回るのかな…」と僭越ながら感じる個性の方もいます。
ですが、冒頭に記載した通りに組織全体を見ると
「この経営者と幹部の関係ならば…」
「この部長と課長の関係ならば…」
「この職場の雰囲気ならば…」
等と相対的に見るとしっくり噛み合う、或いは調和していると感じることが多いのです。
組織を考える時には「人」そのものを見ることも大切ですが「人」と「人」の間にあるもの(関係性と呼んでみます)を見ることも大切だと感じています。
「人」を変化させることは難しいですが、その関係性を変化させる余地は比較的大きいとも感じるからです。
なぜならば、変化の方法には配置転換だけではなく関係性に対する助言や雰囲気作りの方法もあるからです。
ただし、関係性は自然発生的なものでしょうから、無理に「いじりまわす」と良い結果を生まないだけでなく逆効果になる恐れもあるでしょう。
そう考えると、組織作りが容易ではないことに変わりないですが…。
管理品質
品質管理ではなく「管理品質」。
ネット検索でも上位にはヒットしませんが最近気になっている表現です。
他の審査員が「御社にとって重要なのは品質管理よりも管理品質では?」と、この表現を使ったのです。
その企業は規模の大きな建設会社で、実際に品質を作り込む協力会社への“管理の質(品質)”に着目しての表現でした。
製造業やサービス業であっても協力会社が品質を作り込む主体となるケースは多いでしょう。
また、協力会社が介在しなくても管理職にとって“管理の質”は重要です。
ISO9001にも協力会社に関する要求項目(8.4)はありますが、そのイメージとして私が持っていたのは(且つ多くの会社で運用されているのは)、「協力会社を通した品質管理」であって「協力会社を管理する質」とは微妙に違っていたと感じるのです。
そして、「管理の質」に着目して実態をみると、多くの場合「管理者としての精神論」に重きが置かれて、「システム/仕組み」としてはあまり捉えられていないと感じるのです。
品質管理と同様に管理品質の「システム/仕組み」に着目することで新たな改善の道を見出せる可能性を感じています。
審査における具体的なアプローチの方法は未だ模索中ですが審査の質を上げるために取り組みたいテーマです。
マニュアル=悪?!
2015年版の発行時にかなり話題となった「マニュアルの是非論」、品質マニュアルや環境マニュアルの是非論です。
規格の解釈論はさておき、いまでも時々「ISOの弊害はマニュアルだ!」「マニュアルは審査にしか役立たない!/審査員のために作る!」という意見を耳にします。
「マニュアル=悪」の声です。
ここで「悪」と称されるマニュアルとは、「規格文を丸写ししたマニュアル」「コンサルタントが作成したサンプルのままのマニュアル」なのでしょう。
ですが、マニュアルの是非を論じる際に、この「〇〇〇なマニュアル」という前置きが吹っ飛ばされることが多くとても残念です。
私は、マニュアル(良いマニュアル)の定義を「規格要求に対して、自社ではどのように対応しているか、或いはどの記録が当てはまるかを文書にしたもの」と説明しています(すみません当たり前で)。
では、誰のために作るのか?当然、組織でISO運用を担う人達のためです。
特に、仕組みを見直す時や事務局が交代するときには大いに役立つでしょう。
悪いマニュアルは自社だけではなく、審査員にとっても意味がありません(すみません、乱暴な言い方で)。
「良いマニュアルだな〜」と感心したことがあります。
それは、規格要求番号とタイトルを縦軸に自社で当てはまる業務を自分たちの言葉で短文(1行程度)で、或いは作成する記録を使用する順番を含めて横軸で記した表形式のマニュアルです。
どこにも規格文はありませんでした。
もちろん、業種や組織規模等によって合う・合わないはありますが、その組織にはピッタリでした。
今更ながらのマニュアル是非論でしたが、この件を問わず「前置きを吹っ飛ばした単純な是非論」に強い違和感を持つタチの審査員のつぶやきでした。
SDGsとISO14001
横文字の流行り言葉には少し抵抗があるのですが、仕事柄「SDGs」を避けて通ることは出来ません(その詳細はインターネット等にたくさんの情報がありますのでそちらに任せます)。
簡単に説明すると「国連が設定した世界の目標(17のゴール)を2030年までに達成しましょう!」という仕組みです。
当然ですが環境問題の解決も含まれます。
そして、ISOを運営する機関も「ISO14001はSDGs達成のための有効なツールである」と認めています。
率直に「ISO14001の活動に元気と勇気を与えてくれるSDGs」と感じています。
ISO14001のモチベーション維持に苦労している組織は多いです。
SDGsとISO14001を複雑に関連付けた高度な運用を目指すことはさておき
「知ってると少し自慢できるSDGsとは…」
「17のゴール中で我社がISO14001で取り組んでいるのは…」
等の話をするだけでも社内に「私達はかなり良いことしてる!?」という小さな元気と勇気が生まれるのではないでしょうか。
品質は細部に宿る
大きな組織を審査する際には、審査する側も受ける側も「大きな視点」になりがちです。
管理階層が多いため、いわゆるマネジメント機能における確認が増えるためです。
階層間の情報共有やコミュニケーションの問題に着目することが多く、組織側もそれを望んでいる場合がよくあります。
ですが、どんなに組織が大きくても顧客に一番近い最前線となる階層の重要性は変わらないと考えています。
組織全体から見れば極一部の問題であっても、時には一瞬で、或いはじわじわと時間をかけて、組織全体を揺るがすことが少なくないからです。
顧客要求を聞き取った記録の記述内容の個人差、検査項目に対する検査者の理解度の濃淡など組織の大小に関わらず細かな視点で審査し問題があれば躊躇なく報告します。
時には「細かすぎる」ことを言外に匂わすような発言を受けたり稀に明言されたりすることもあります。
もちろん、報告内容の合意形成には努めますが可能な限り細部品質の重要性を伝えるようにしています。
大きな階層ピラミッドの上階層が自分以下の階層全てをチェックすることは現実的ではありませんが少なくともその認識を持つことは欠かせないと考えているからです。
リモート審査の活用
コロナ禍におけるリモート審査。
その実施においては受審組織も審査員も不慣れな場合が多くその実効性への懸念を含めて私自身もマイナスイメージばかり持っていました。
ですが、リモート審査の機会を活かそうとしている組織に出会い、マイナス面しか見ていなかった私は反省させられました。
その活かし方とは、「社内教育」です。
これまでも、自社の内部監査員への教育の一環として審査に同席する事例はありました。
しかしながら、現実の「同席」には時間・費用・場所等での負担や制約が伴います。
特に、大きな組織では他拠点からの参加は困難でした。
その制約をクリアするのがリモート参加です。時には、20名近い参加者がいるとお聞きすることもあります。
内部監査員だけではなく、直接の審査対応者以外にも審査及びISOに参画意識を持ってほしいと選定された人もいました。
少し状況は異なりますが、現地訪問での審査で他拠点からTV会議システムで審査を聴講(?!)している事例もあり、これもコロナ禍でのリモートシステム活用と感心しました。
冒頭マイナス面の話をしましたが審査員にとっても審査スキルを試される機会であり、成長・進化を求められるリモート審査なのです。
当然のことながら審査の実効性を確保した上で、リモート審査ならではの「審査の価値」を見出すことが与えられた使命だと思っています。
教育は新人だけのもの?!
新人社員に対する教育訓練や力量評価の一貫として、自社製品に関する知識テストを行うケースがよくあります。
対象となる新人社員の定義はいろいろですが長くても入社後5年程度という印象です。
ですが、先日ある製造メーカーの審査で「新人社員に対する…」という固定観念を覆されました。
その企業では部長クラスまでテストを受けており、その点数は全て社内に公表されているのです。
テストは製品カタログから作成され製品特徴や仕様、用途、製品選定上の注意などが出題されます。
「製造や営業で自分が携わる製品の知識は増えて行きますが、その他の製品知識を持つことも重要…」
「何よりも、常に学ぶ姿勢を維持するため…」
などのご説明を受けました。
製造者として、営業者として、新人として、ベテランとして…ここでは書ききれない程の効果があると感じました。
教育に対する取り組みは、企業理念や企業風土を映す鏡だと強く感じました。
コロナ禍における利害関係者
コロナ禍で多くの企業が影響を受けています。
トップマネジメントインタビューでもその話題に必ずなります。
その中で印象的だったのは、ある経営者のお話でした。
その方曰く「さすがに今回は社員にも(賞与が下がることを)我慢してもらうしかない・・・
ISOでも利害関係者に従業員も含まれると言っていますが、今回それを痛感しました。」
コロナ禍で賞与が下がることはQMSやEMSの影響範囲とは直結しないかも知れませんがMS(マネジメントシステム)においては従業員を利害関係者として考えるか否かは大きな違いだと感じます。
審査員としてはおこがましい意見ですが、まれに従業員の人達を大切にしていないと感じる会社に出会います。
内心、「利害関係者には従業員も含まれるのではないでしょうか・・・」とつぶやいてしまいます。
もちろん、先の経営者の会社は管理職が部下を思いやり、各社員がお客様に真摯に向き合う組織でした。
部門間の壁がない組織だからこそのリスク
営業部門から設計部門へ、或いは設計部門から製造部門へ引き継がれる情報(文書や口頭)が少ない組織があります。
注文書や設計図面などの必須といえる情報はあるのですが、お客様の望むイメージや人柄や好み、競合との差異などを含む受注までの経緯、或いは製造時に注意して欲しい事や小さな心配事などの「その他の情報」が少ないのです。
それも記録として残る文書が少ないのです。
そのような組織の特徴として最も多いのは、部門間のコミュニケーションが悪く表面的な情報しか引き継がれず、結果として何度も部門間で問い合わせたり、時には不良品が発生したりする組織です。
この悪い特徴はある意味「納得」するのですが全く逆の特徴を持つ場合も少なからずあります。
それは、部門間のコミュニケーションが非常に良好で、且つ営業・設計・製造の枠を超えて「一体」となって業務をこなしている組織です。
「引き継ぎ時の情報が少ないですね」と聞くと、「設計者も営業打ち合わせに同行することが多いですし設計者も製造現場によく行きますので“引き継ぎ”という感覚はあまり持っていません」などと返ってくるのです。
インタビューでの感触からもそのことが分かれば「素晴らしい!」と感じ、賛辞も送ります。
しかし!
第三者の視点からはリスクも感じます。
今現在の「人」で成り立っている間はいいのですが、退職したり、新たに加わったり、管理者が変わったりと「人」に変化が起きることを想定すると「安定した仕事の仕組みと言えるでしょうか?」或いは「“区切り”としての引き継ぎ、その記録としてのある程度の“文書”は必要ないでしょうか?」と問い掛けたくなるのです。
「創業以来の社風ですから」
「長年かけて培ってきた雰囲気なのです」
と気に留めていただけないことも多いのですが
「是非、是非、今の状況が続いて欲しい」
と心から願いながら懸念を伝えることも審査員の役割の一つだと私は思うのです。
顧客満足の監視は誰の役割?
ISO9001で求められている「顧客が満足しているかどうかの監視」ですが、その監視の役割を限定的に考えて「もったいない」と感じることがあります。
次のような場面です。
顧客の工場の中に常駐して作業をする部門に、「お客さんから意見や要望、時には苦言等をお聞きすることがあるかも知れませんが、そのような時はどう対処することになっていますか」
と質問すると「顧客満足調査ですね。それは営業部門が毎年アンケートを行っていますので、私達の業務ではありません。営業部でお聞き下さい。」との回答が返ってくる場面です。
少し踏み込んでお聞きすると、やはりお客さんの「声」をたくさん手に入れているのです。
ですが、残念ながら「活用」されていない事例が多くあります。
調査頻度や調査用紙等の形にこだわらず、まずは「顧客が満足しているかどうかの情報を入手できる業務」であることを一人一人が認識し、入手した場合のルール(誰に報告し、誰が必要な対応を決定するのか、どのような記録を残して今後に活用するのか等)を検討することが会社にとっては有意義だと考えます。
審査に対応する会社の負担も理解できますので、「規格要求と対応(ルール)」を一対一、或いは限定的に考えて審査員に対応することも止むを得ないかと思いますが、少なくとも社内的には「自分達の仕事の結果・成果を、お客さんがどのように評価してくれているのか」に全社員が関心を持つ機会になればよいなと願っています。
審査日数が変化する可能性
既に審査機関から連絡があると思いますが、ISO9001等の認証基準をするための国際基準に大きな変化がありました。
その基準とは、本社以外に支社・工場・営業所等を持つ複数サイト(活動場所)を持つ会社の審査日数を決めるためのものです。
会社によっては、審査するサイトの数が増え、結果として全体の審査日数が増える場合があります。
詳細な説明は各審査機関からの説明が一番正確なためここでは触れませんが、何れにしても複数のサイトを持つ会社にとっては本社以外サイトのISO運用と審査について考える機会になると考えています。
多くのサイトを持つ大企業であってもISO運用は本社任せで、自主的な運用が出来ていないと感じることもありますし自サイトで運用しやすいように効果が出やすいように自主的な運用ができている場合もあります。
残念ながら私の経験では前者の比率が多いのですが、上述の通り、止むを得ず審査するサイトや工数が増えてしまう場合にはその状況を改善する機会にもなると考えます。
もちろん後者の場合であっても更なる運用レベル向上を目指すことも可能性です。
審査機関の窓口になっておられる方は審査日数が変化する場合の理由に対する説明を十分に受け納得した上で社内への伝え方やISO運用方針を検討し是非とも変化を「活用」していただきたいと思います。
参考
手順違反が見つかった時の対処法
現場審査で「手順とは違う作業」が見つかることがありますが、その作業をしていた人の反応は大きく2種類に分けられます。
1つは「あっ!やってしまった/見つかってしまった」と心の声が聞こえてきそうな反応で、手順とは違う(良くない)ことを理解している様子です。
もう1つの反応は「えっ!間違っている?/えっ!ダメなの?」と同じく心の声が聞こえてきそうな驚きを伴った反応です。
いずれの場合も“空気”を読んで沈黙して同行者に助けを求めますので、憶測ではありますが反応として感じるのです。
多くは後者の「悪いとは認識していない」と思われるケースです(前者の多くは審査なので“隠れて”いるのかも知れませんが)。
後者の場面から感じるのは、きっと他の方も同じ、或いは多数いるのではないかということです。
「手順違反や理解不足」を、衆目の中で続けることは容易ではないと思うからです。
ですが、該当する事象を1件しか発見できなかった場合には、審査員としての少し対応は難しいのです。
管理者の多くは審査で見つかった作業者に限定的された事象であるというスタンスで、時にはその場で作業者を叱責することもあります。
審査は客観的な証拠に基づくため、憶測は御法度です。
私も企業で製造管理者を務めている時には、「限定的だと思いたい」心情でした。
ですが、今改めて客観的な立場で多くの事例に接すると、『殆どの人に悪意(大袈裟ですが)はなく、周囲の雰囲気や上司の曖昧な運用(ルールだと言うが、忙しい時には例外だと安易にルール違反を認める等)により少しずつ“運用が変化”している』可能性が大きいと感じます。
個人に焦点を当てずに、指示する側される側を含めた全体の構図と運用状態に目を向けるべきです。
製造管理者の当時、理不尽に個人を責めてしまったことへの反省を込めたつぶやきです。
企業による品質記録の改ざん
数年前から報道が続く品質記録の改ざんですが、一向に減る様子はありません。
実は多数存在しながら、未だ少しずつしか表面化しないのかも知れません。
「ISO9001を取得しているのになぜ?」「審査機関は何を見ている!?」などの報道もあります。
報道が出ると、どの審査機関も「ISOは取得している?どの機関が認証?」と真っ先に調査しているのが実情だと思います。
私の所属先でもそうですが「審査員はどのような審査をすべきか」も議論になっているでしょう。
以下、あくまで私見としてつぶやきます。
些末な例かも知れませんが、例えば品質検査チェックリストに記されたかなり乱雑なレ点(項目とレ点の数が合わない、或いは乱暴な一本性を引いている場合も)を見ると「本当に検査しているのか」と疑いたくなります。
ですが、「レ点の付け方」は指摘できても「検査したか否か」を判断し言及することは難しく、そもそも判断するためには「捜査」のようなことをしなければなりません。
釈明的なことを書きましたが、組織を不正を防ぐというISOに対する世の中のニーズを満たさなければその存在価値が失われ、既にその傾向があることの危機は痛感しています。
自分の職務の危機です。
ですが、上述のような現状を踏まえると「方向修正」ではなく「大きな変化」無くしては、世の中のニーズに応えられないとも考えています。
他力本願ではありますが、報道が一過性の出来事に終わず、審査機関も巻き込んだ大きな「うねり」になって欲しいと思っています。
工場視察の評価を上げる秘策
審査で多くの工場を訪問しますが、私が好印象を受ける2つのポイントをご紹介します。
「好印象=ISO的な管理が出来ている=不適合がない」という訳ではありませんが、ISOの審査や顧客視察等の訪問者に「好印象」を与えることに越したことはありません。
タイトルを“秘策”としたのは、例えば築数十年の建屋や年代物の機械、限られた敷地で余裕の無い作業スペース、機械油やインク等を多用する汚れやすい環境、職人気質で5Sを受容れない雰囲気等、訪問者を迎える準備に苦労している組織の方に「これならできる」ポイントとしてお伝えしたいからです。
1つ目は「通路の確保」です。
初めて工場に入る人にとって、まず気になるのは「どこを歩けばいいか」です。
危険がないか、或いは作業の邪魔にならないか等の理由からですが、安心するのは「緑のラインで作られた通路を通って下さい」等の言葉です。
工場の様子からスペースが厳しいことは解るので、無理に幅広く通路を取る必要はなく確保できる幅で構いません。
そして、重要なのは資材等がはみ出していない「確保」です。
例えば、3メートルの通路であっても資材が通路にはみ出していれば台無しです。
2つ目は「きれいな掲示物」です。
機械油等を多用する作業場では、どうしても機械、作業台、工具、通路等が汚れて(決して“汚い(きたない)”という意味ではありません)しまいます。
その状況で、掲示物までが同じように汚れていることが多いのですが、作業手順や注意事項等の掲示物は視察者にとって注目点の一つです。
その注目される掲示物が汚れている状態と、全体が汚れている中でも「浮き出す」ように掲示物がきれいな場合ではまさに雲泥の差があります。
新しい物に作り直す必要はなく、読み取れる程度に清掃するだけで十分です。
これら2つは当たり前のことですが、なかなか実践できていないのが現状です。
そして、比較的短期間で整備が可能で、効果が大きい意味ことから“秘策”としました。
ぜひ、訪問者の好印象をゲットして好成績につなげて下さい。
マネジメントシステムの「弱み」を知る
ある組織の審査をする前には過去の審査記録を確認します。
そこで注目することの一つは、PDCAサイクルのどこに課題があるか(弱み)です。
その視点で過去3年間以上みると、傾向や変遷を捉えることができます。
ただし、審査機関の報告書では、指摘事項がPDCAのどこに分類されるかは明示していないと思いますので(理由は後述)、是非自社で分類に挑戦してみて下さい。
例えば、品質目標や環境目標の場合。
達成に向けた活動が、具体的になっていない指摘は「P」に分類。
活動そのものが進んでいない指摘は「D」に分類。
活動状況や途中経過の監視に問題がある指摘は「C」に分類。
監視していても活動の方向修正ができていない指摘は「A」に分類。
例えば、現場作業の場合。
必要な手順書や基準書に不足がある指摘は「P」に分類。
必要な作業記録が作成されていない指摘は「D」に分類。
不良品や工程遅延が発生しても分析が行われていない指摘は「C」に分類。
分析が行われても改善に結びついていない指摘は「A」に分類。
例を見て気付いた方もいると思いますが、分類する人の「見方や考え方」によって分類結果が違ってくる可能性があり、コンサルティングとなる可能性もあります(これが、審査機関が正式採用しない理由だと私は思います)。
最初に過去数年分の報告書を遡って分類するのは少し大変ですが、一度行うと審査の都度、分類結果を追加すれば済みます。
それに、作業に見合うだけの有効な分析結果が得られると思います。
ただし、その分析結果を活かさないと、「A」の分類が増えますが。
審査報告書から見る「働き方改革」
業務上、他の審査員が作成した報告書を見る機会が多いのですが、世間で話題になっている「働き方」に関連する象徴的な事例を目にしました。
審査報告書では、不適合に加えて「良い活動やその結果」も記載しますが、そこでの2事例です。
まず1例目の要旨は次の通りです。
「○○不良を改善するために、就業後、係員が自主的に集まってその日の発生不良を分析し・・・不良率の大幅な改善につながった」
この事例では、従業員の熱心な取り組み姿勢とその結果に賛辞を送っています。
続いて2例目の要旨は次の通りです。
「これまで慣例的に就業時間前に行っていた設備点検(点検表作成)では、短時間でサッと済ませる人、時間をかけて丁寧にする人があったが、就業開始後の○分間を一斉点検時間とすることで、稼動率の向上(故障率の低減)につながった」
この事例では、良いとは言えない慣例から脱して、明確にルール化することで結果を出したことに讃辞を送っています。
称賛する審査員の気持ちに正否はありませんが、今の「働き方」では2例目が妥当となります。
称賛する気持ちが誰かの無理や負担につながっては行けないからです。
本来の規格審査とは少し逸れた視点ではありますが、審査員として最大の成果品である報告書の記載としては気を配るべきだと感じました。
同化して行くISO9001とISO14001
2015年版になって同じ規格構造となったISO9001とISO14001。
業務との合致を目指していることも同じですが、以前から業務との合致を目指していた9001を追いかける14001という印象です。
取得しても業務(経営)の役に立たないという14001への批判を打破する狙いもあったと思います。
そして、業務との合致が進んだ組織では「内部外部の課題の把握」と「利害関係者のニーズと期待の把握」「リスクと機会の決定」が同じ仕組みとなり、品質目標と環境目標が同じ内容となり、結果として9001と14001が同化して「違い」が小さくなります。
そして、そして、皮肉にも「やっぱり14001取得は必要?!」という声が出てきます。
審査機関を含む「認証制度」をビジネスのアイテムとする立場にとって「取得が必要?!」という声は、「ビジネスの危機」と感じるのが本音です。
「違いが小さいのだから同じ審査費用は妥当なのか?!」にも聞こえます。
あってはならないことですが、14001の「地位」を守るために、審査員が「9001との違い」を強調する雰囲気が審査に出てくる可能性も否めません。
例えば「まったく同じ目標が何年も続くと、品質の観点だけで設定してしまうのでは」等と。
まさに、あってはならないことです。
前回、「審査の価値」についてつぶやきましたが、14001に限らず、規格の「価値」を自分達の都合に合わせて誤魔化すことなく、私たち審査員も変化しなければならないと思います。
9001と14001の同化が非常に進んだ組織の審査中に、宿舎で思いを巡らしてのつぶやきです。
価値ある審査とは?
「価値ある審査」、審査機関としては勿論ですが、審査員同士でもよく論じられるテーマです。
審査員に限らず自身の仕事の「価値」を考えることは、大変良いことであり必要なことだと思います。
今回は、審査の価値を振り返るとともに、審査員に求められていることを考えてみます。
まずは、ISO9001を例にして基本的なところから挙げてみます。
①第三者認証制度としての審査の価値
第三者認証制度を簡単に言うと
「企業同士、或いは消費者が個別に相手企業の品質管理体制をチェックするのは大変なので、統一された規格を用いて公平な第三者が代わりにチェック(審査)する。その結果を信用の一つとして取引や購買の可否を判断する」
ことです。
審査員は「世間一般の企業や消費者の代役」になるため、「公平性」「客観性」「厳格性」等が求められます。
加えて、審査員による判断に違いは許されず「安定性」も必要となります。
続いて、付加価値(受審組織に喜んで頂く+αのサービス)の視点で挙げてみます。
②受審組織の力を高めるための審査の価値
ISO9001規格は顧客満足や品質管理の維持・向上はもちろんですが、「組織の力を高める」ことも求めています。
「組織の力を高める」ためのヒントを得てもらう=「“気づき”の提供」が審査員には求められています。
そのためには、審査員個人が持つ経験や個性といった「審査員による違い」が効果を発揮します。
以上は、審査員側の立場から考えていますが、受審する立場からは「審査の価値」についての別の考えがあると思います。
どうしても相反する部分もあると思いますが、最大限合致した審査を行うことを目指したいと思うところです。
審査員として注意すべき言葉
審査員も新たな規格を学ぶためには、企業の事務局の方と同様に外部機関の研修に参加しますが、他の審査機関の審査員と出会う貴重な機会でもあります。
グループ討議や模擬審査演習などで、様々な審査手法や考え方を垣間見ることもできるからです。
そこで、時々耳にする「気になる」言葉があります。
それは、「私がいた○○(企業名)では・・・」という発言です。
例えば、
「私がいた○○では、受入検査者のサインを簡略化することは許可していませんでした」や
「完成度の低い手順書で作業を開始するなんて、私のいた○○では考えられません」等です。
もちろん、その企業名は名の通った大企業です。
率直に「企業名は出さなくていいのに・・・」と思ってしまします。
審査における判断や事例を示すためには、審査員自身の実務経験は重要な知見です。
ですが、その実務経験を「あるべき姿」と考えることは危険です。
ましては、そこに「大企業がやっているのだから・・・」という前提が入ると尚更問題です。
組織にとっての「規模の大小」は、ひとつの“特性”に過ぎないと私は考えています。
組織が持つ様々な特性に合わせた判断や事例提供を行なうことが、価値の高い審査になると考えています。
人の振り見て我が振り直せ・・・審査で使う「言葉」には十分に気を付けたいと思います。
不適合にして下さい!
審査での指摘は、文書による是正処置報告が必要な「不適合」と、「観察事項」や「推奨事項」等とよばれる不適合未満の事項に分けられます。
その両者を分ける「ボーダーライン」は勿論明確なのですが、時に指摘する内容が持つリスクや重要度、或いはシステムの成熟度や組織の状態等により、ボーダーライン上で迷うこともあるのが正直なところです。
審査を受ける側としては、できれば「不適合」をもらいたくないというのが心情ですから、少々無理があるなと感じる程の釈明を受けることがあります。
ですが、稀に「不適合にして下さい!」と部門責任者や管理責任者の方から言われることがあります。
勿論、審査員とのコミュニケーションが決裂したからではありません(笑)
その理由は「問題点を明確にしたい」「確実に改善したい」「該当者の認識を高めたい」「ルールの大切さを示すため」等と様々ですが、「審査を活用する」という視点に立っていることには間違いありません。
とは言え「不適合にして下さい!」と発言することは内部の視線を考えると容易ではないと思われ、その意志に接することは審査員として気が引き締まります。
審査員は基準に沿って適否の判断をしますが、組織としての思いは確実に審査員に伝わります。
「審査を活用する」一つの考え方としてご紹介しました。
業務ローテーションにおける心得
急な欠員への備えや人材育成の観点からも行われる多能工化のための業務ローテーションですが、その推進において素晴らしい視点で取り組んでいる事例がありました。
その企業は約50名の製造業でしたが、ルールとして3年を目途に業務ローテーションを行っていました。
大きな組織では珍しくないかも知れませんが、中小規模での実践は多くありません。
「するべきことは“ルール”にしないと、とても続けられません」と自嘲気味に話されていましたが、ルールを決めることは出来ても、守ることは容易ではありません。
業務ローテーションの実践だけでも素晴らしいのですが、私が一番感銘を受けたのはその実践で大切にしておられた心得「引き継ぐときは、改善してから渡す」です。
ローテーションが決まると部門長も協力しての「改善洗い出しと実施」を行うそうです。
普段から改善には取り組んでいるものの、引き継ぎを控えたある時期に“集中”して実施することによる質的・量的な効果は大きいと説明されていました。
ルールではく“心得”と表現されたことも素敵だなと感じました。
個人・部門によってばらつく整理・整頓
製造現場に入った時の第一印象で、「問題が多そうか・少なそうか」の見当が付きます。
その第一印象を決めるのは、ご想像の通り整理・整頓の状態です。
会社全体として“徹底”して取り組んでいる場合は、さすがにどこを見ても整理・整頓が実践されています。
逆に“無頓着”或いは大切なのは理解しているが“諦めている”会社は、やはりどこを見ても雑然としています。
今回は、こられ両極以外の“それなりに”取り組んでいる会社についてつぶやいてみます。
整理・整頓のレベルを良否で5段階に分けた場合、最下位1と最上位5の間は2〜4となりますが、例えば会社全体がレベル3等で統一されている例は少なく、個人の作業場所や部門単位でレベル1〜5が混ざっている場合が多いのです。
「する人はする、しない人はしない」「する部署はする、しない部署はしない」状態です。
私は審査結果報告の際に、整理・整頓の状況についての感想を伝えるようにしていますが、「〇号機の作業台の整理・整頓は素晴らしかったです」「〇〇エリアの第一印象は、素晴らしい整理・整頓でした」等と良い場所を引き合いに出します。
作業されている方は特にですが、管理者の方もそのような「ばらつき」があることを認識していることが少ないからです。
「後から見に行ってみます」等とよく言われのです。
同じ会社なので他者・他部署のことはよく知っていると思いがちですが、案外に学ぶことはたくさんあります。
整理・整頓は、その最たる事の一つではないかと思います。
そして、ものづくりに限らず整理・整頓は仕事の基本だといつも感じています。
是非、他の部署やエリアを「学ぶこと探し」に訪ねてみて下さい。
「品質方針」に込める理念と共感
ある雑誌の記事です。
「サンタクロースは、明確な“理念”があるから3K職場でもイキイキしている!
・・・冬の夜中に汚れた煙突から服を汚さないように入り、子供を起こさないように神経を使い、大量のプレゼントを朝までに届けというノルマを課せられる3K・・・」
勿論、その理念は“子供の夢を叶えるため”です。
このサンタクロースの例示は、中小企業経営者が集まる会合において、“経営理念”が自社内で共感を持って受け入れられているかを問い掛けるためのものです。
経営理念が定まっていなければ、経営者の気まぐれや思い付きで会社という船の舵を切ることになり、経営理念があっても共感がなければ帆は上がらずオールも動かない。
ふと審査で目にする品質方針のことを思い出しました。
良し悪しは別にして、10年前と今では品質方針に対する企業及び審査員の考え方は異なっていると感じます。
端的に言えば、以前は経営者の“血の通った”或いは“活きた”文言を盛り込むことに焦点が置かれていましたが、今は規格が求める文言や意図が含まれていればヨシとする雰囲気を感じます。
勿論、審査員は規格要求を超えて審査することは許されず、会社の理念の深くまで踏み込むことは行き過ぎですが、経営者の気持ちが込められた品質方針に出会うと感銘を受けます。
そして、その方針が浸透している様子が審査から見えると感動します。
私の記憶に残っているケースとしては、「お客様の期待を上回る〇〇サービス」や「家庭に笑顔を届ける〇〇作り」等の創業者の言葉や考え方を盛り込むケース、或いは「〇〇技術を日本中にお届けする」や「新時代の〇〇作りを目指して」等の業界が置かれた現状や課題を打破することを盛り込んだケースです。
美辞麗句ではないかも知れませんが、社内で共感が起これば大きな力となるフレーズです。
改善すべき内容を確実に理解する姿勢
ある審査の結果報告会でのことです。
審査員が指摘事項や観察事項を説明するたびに、経営者が審査を受けた自社の担当者に「どのような状況だったのか、どのような不都合や問題が起こる可能性があるのか、そしてどのような改善案があるのか」等を説明するよう指示するのです。
経営者が報告の内容に納得していないという訳ではなく、担当者が確実に理解しているかどうかを確認しているのです。
そして、審査員に対して「理解が合っているか」を確認するのです。
審査員としても説明を尽くしたつもりですが、改めて受け取った側から話を聞くと、少しの食い違いを含めて補足説明が必要でした。
もちろん、審査員としては確実に伝わる審査に磨きをかけなければと反省しましたが、それよりも強く感じたのは、審査に対して受け身にならずに積極的に利用しようとする経営者の姿勢でした。
最後に少し救われたのは「いつもあのようにしているのです」という審査後の経営者からの言葉でした。
決して私達の報告の出来が悪かったからではないのだと(笑)
品質目標「顧客クレーム○件以下」からの脱却
正確にはカウントしていませんが、審査で出会う組織の半数以上がタイトル通りの品質目標を毎年継続しています。
「品質マネジメントシステムですから、顧客クレーム削減を品質目標に掲げるのは当然です」とよく言われます。
勿論その考えを否定しませんが、品質目標達成のための貴重な1ステップとしては勿体ないと思うのです。
例えば、
①「顧客クレーム削減」
②「社内不適合の削減」
③「A工程での歩留まり向上」
の3ステップで活動を展開するとします(ステップ②で終わっている組織も少なくありませんが)。
この3ステップから「顧客クレーム削減」を無くしてみるとどうなるでしょうか。
①「社内不適合の削減」
②「A工程での歩留まり向上」
③・・・
少し悩むのではないでしょうか。
悩まずに「〇〇設備の△△操作でミスが起こりやすい」と攻めるポイントがスッと浮かぶこともあるかも知れませんがポイントが浮かばずに「最初の1か月でA工程の現状分析を行って攻めるポイントを見つけ出してから・・・」となるかも知れません。
いずれにしても品質目標達成に向けた活動が、より深く・濃くなるのではないでしょうか。
翌年、品質目標を「B工程での歩留まり向上」とすれば更にステップ③が悩ましくなります。
決して関係者を悩ませることを狙ってはいませんが、活動自体の試行錯誤、トライアンドエラーを許す雰囲気を作ってさえおけば、楽しいチャンレンジにすることも可能です。
「顧客クレーム件数」は、品質目標に掲げなくても当然ながら監視対象となるのですから、貴重な1ステップを占有している状況から脱却してはいかがでしょう。
「組織の知識」を継承して行くために必要なこと
ISO9001の新規格で加わった「組織の知識」。組織が蓄えてきた技術やノウハウを継承して行くためには欠かせない、とてもよくできた要求事項だと思っています。
文書・記録の要求がないこともあって少し地味な要求事項ですが、審査での確認と合わせてその有用性をお伝えするようにしています。
多くに事例に触れるなかで、「組織の知識」を上手く実践している(或いは前向きに取組もうとしている)組織と、その逆の組織の「違い」に思い当たりました。
それは、組織内に「メモ」を取る習慣が文化としてある組織とない組織との相関です。
ご想像の通り、「メモ」を取る習慣がある組織は「組織の知識」への取組みや意識も高いと感じるのです。
「メモ」を取る習慣は、いろいろな記録の「その他」欄などの自由欄の充実度や欄外の追記などから見て取れます。
「メモ」を大事にする人(組織)は自分の仕事を客観的に捉え、必要な情報を将来の自分や他人に伝える意識が高いと私は理解しています。
仕事の時間的な流れを大切にしているとも言えます。
人材育成、技術の伝承など「組織の知識」に通じる課題を挙げている組織は多いのですが、その実践の一歩として、「メモ」を取る習慣が組織の中にあるか否かを振り返り、その是非を検討してみてはいかがでしょうか。
「組織の知識」への効果に限らず、効用の多い「メモ」の習慣ですから検討する価値は大きいと思います。
規格が要求していないものは不要!?
ある企業でお聞きした話です。内部監査員から、ISO事務局でもある品質保証部に対して「2015年版では文書化要求が減っているのだから、“品質保証体系図”も不要ではないか」と指摘されたとのことでした。
廃止しても大丈夫でしょうか?と。
規格要求を簡単に言うと「組織のQMSのプロセスを確立すること。
そして、必要ならば・必要な程度の“文書化”をすること」となります。
従って“品質保証体系図”の廃止が必ずしも規格に反するとは限りません。
事前に目にしていましたが、改めて”品質保証体系図“を確認しました。
各プロセスで使用する記録様式や規定や手順書等の文書類も記載されており、いわゆる“文書体系図”の役割も持っていました。そして、私の感想は「組織の規模や業務内容を考慮すると、記録や規定文書・手順書が多過ぎる」でした。
そこで、私は少し視点を変えて検討することを提案しました。
まずは“品質保証体系図”がどのような目的で作られ、どのように活用することが出来るかの検討です。
答えの一つは、会社のQMS体系を「把握」することです。
先の内部監査員の「文書の要否を再考する」視点に沿って考えるならば、まずは記録様式や文書類の削減可能性を検討してみることを提案しました。その時にこそ「必要ならば・必要な程度の文書化」の発想が効いてくることも。
「把握」するという価値が増し、どこから着手するのかの決定と、進捗状況の把握にも役立ちます。その検討の最後に、“品質保証体系図”の要否を検討してもよいでは?とも付け加えました。
ISOのスリム化・シンプル化は非常に大切なことです。
それぞれの文書や記録、活動の目的と活用に着目して改善を進めると、よい改善が進むと思います。
内部監査の雰囲気が悪くならないための方策
「被監査者側の防御・抵抗姿勢が強くて、最低限の質疑応答しか行われない」或いは同様の利用で「監査員と被監査者の間で、是非論がエキサイトし過ぎる」という内部監査のお悩みを聞くことがあります。
後者は積極性の表れですが、雰囲気が悪いことには変わりなく課題や問題の発見と改善という「成果」につながり難い状況です。
私は、“監査”という言葉の印象が影響しているのかも知れないとお伝えし、監査という言葉を提案と置き換えて社内に説明してみることをお勧めします。
「内部提案」「内部提案員」です。
厳密に言えば規格要求事項の意図とは異なるかも知れませんし、言葉遊びのようですが、案外と「ガッテン」してもらえることが多いです。
審査員・監査員に求められる態度
私たち審査員にもISOで決められた従うべき基準があります(ISO19011:監査の指針)。
企業が行う内部監査にも適用することができ(あくまで指針として)研修機関やコンサルタントが行う内部監査員研修においても基準となります。
そのような「監査の指針」ですが、7.2.2 個人の行動に記載された監査員に求められる資質13カ条が秀逸なのです。
なぜなら、審査員や監査員に限らず、社会人として或いは人間としても“目指したい姿”が簡潔明瞭に整理されているからです。
私のお気に入り5選をご紹介します。
1.倫理的である。
公正である、信用できる、誠実である、正直である、そして分別がある。
2.心が広い。
別の考え方又は視点を進んで考慮する。
3.適応性がある。
異なる状況に容易に合わせることができる。
4.自立的である。
他人と効果的なやりとりをしながらも独立して行動し、役割を果たすことができる。
5.改善に対して前向きである。
進んで状況から学び、よりよい監査結果のため
に努力する。
私も時に企業に対して、資質13カ条を含めて内部監査員の研修を行うことがあるのですが、そのまま自身に求められる資質ですから、内心では少し緊張感しながら話しています。
新人社員は目指す姿の一つとして、ベテラン社員は自身を振り返る指針として、得るものがあると思います。